「同期の会社員は退職金が2,000万円近く出るらしい。医師である自分はいくらもらえるのだろう」——ふとそう考えて検索された先生も多いのではないでしょうか。
実は、主要な公的統計では、医師単独の退職金の全国平均を確認することができません。
賃金構造基本統計調査には退職金の項目がなく、就労条件総合調査も「医療,福祉」という産業分類での集計にとどまるためです。
確かなことは「勤務先の退職手当規程を読む」ことでしかわかりません。
そこで本記事では、医師専門の転職エージェントであるS&Cドクターズキャリアが、国立病院機構・国立大学法人・労災病院などが公式サイトで公開している退職手当規程の原文と公的統計だけを根拠に、次の3点を解説します。
・勤務先タイプ別の退職金の計算方法と水準(規程原文ベース)
・勤続10年・20年・30年でいくらになるかのシミュレーション
・退職金がない・少ない場合の老後資金対策と、転職時に確認すべきポイント
推測や又聞きの「相場観」ではなく、規程と統計に基づいてご自身のケースを考える材料にしていただければ幸いです。
目次
医師の退職金の相場|医師単独の統計は確認できない。手がかりになる数字はこの3つ

まず前提として、医師という職種に限定した退職金の全国平均は、主要な公的統計では確認できません。
賃金構造基本統計調査は職種別の賃金を集計していますが退職金は対象外で、退職給付を扱う就労条件総合調査は「医療,福祉」という産業分類での集計にとどまるためです。
そのうえで、一次資料から手がかりになる数字が3つあります。
| 確かな数字 | 内容 | 出典 |
| 75.5% | 医療・福祉分野の調査対象企業(常用労働者30人以上の民営企業)のうち、退職給付制度がある企業の割合。裏を返せば、調査対象の約4分の1では制度が確認されていない | 厚労省「令和5年就労条件総合調査の概況」12頁・第16表 |
| 1,896万円 | 大学・大学院卒(管理・事務・技術職)のうち、勤続20年以上かつ45歳以上で定年退職した人の平均退職給付額。会社員との比較の物差し | 同上17頁・第22表 |
| 約2,160万円 | 国家公務員(常勤職員)の定年退職時の平均支給額(令和6年度) | 内閣人事局「退職手当の支給状況(令和6年度)」表1 |
※就労条件総合調査は、常用労働者30人以上を雇用する民営企業(医療法人・社会福祉法人を含む)を対象とした標本調査です(同調査1頁)。国公立の医療機関と、常用労働者30人未満の医療法人・クリニックは調査対象に含まれないため、この数値を全医療機関の実態としてそのまま読むことはできません。
ここからいえるのは、退職金が手厚いのは公務員型の勤務先であり、民間では制度の有無からして法人ごとに異なるという構造です。
医師の場合はさらに、医局人事による転籍や年俸制契約など、制度があっても受け取りにくい事情が重なります(詳しくは後述します)。
つまり「医師の退職金はいくら?」への正確な答えは、勤務先タイプごとの規程を確認することでしか得られません。
次章で、規程を公開している法人の原文をもとに具体的に見ていきます。
なお、退職金を含めた収入全体の考え方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。
あわせて読みたい:勤務医の年収中央値はいくら?平均との違い・「割に合わない」の真相を公的データと民間調査データで解説
【勤務先タイプ別】医師の退職金|公開規程の原文で読む計算方法

各法人が公式に公開している退職手当規程から、医師に関わるポイントを整理します。
| 勤務先タイプ | 計算の仕組み(規程原文より) | 定年まで勤めた場合の水準 | 出典 |
| 国家公務員 | 俸給月額 × 支給率(勤続35年以上の定年で最大47.709月分)+調整額 | 常勤職員平均 約2,160万円(令和6年度実績) | 国家公務員退職手当支給率早見表(内閣官房)/退職手当の支給状況・令和6年度(内閣人事局)表1 |
| 国立病院機構 | 国家公務員退職手当法の支給率に準拠(同上)。医師は勤続6か月から支給対象 | 支給率が同一のため国家公務員が目安(機構自体の平均実績は非公表) | 国立病院機構職員退職手当規程 第4条・第3条第1項第1号・附則第2条 |
| 国立大学法人 | 俸給月額 × 別表の支給率 + 調整額(国家公務員退職手当法に準じた構造)。支給率・適用範囲は大学ごとに異なる | 各大学の最新規則による | 例:東京大学教職員退職手当規則 第1条・第3条・別表第1 |
| 労災病院(労働者健康安全機構) | 俸給月額 × 勤続区分別割合(上限55月分)× 83.7% | 勤続30年で俸給月額の約41.85月分(規程の割合から算出:50月×83.7%) | 労働者健康安全機構「公開資料」ページ内・例規集「職員退職手当規程」第4条・附則第3項 |
| 民間病院・医療法人 | 法人ごとの規程による(調査対象企業の約4分の1では制度が確認されていない) | 0円〜法人次第 | 令和5年就労条件総合調査の概況(厚労省) 12頁・第16表(医療,福祉75.5%) |
| 開業医・フリーランス・非常勤 | 原則対象外 | —(自助準備が必要) | 開業医は雇用関係がなく退職手当の対象外(制度上の帰結)。非常勤は各法人の退職手当規程が対象を常勤職員に限定するのが一般的 |
| 年俸制の常勤医 | 規程・契約による。退職手当規程の対象となる場合と、適用除外とされる場合の両方がある | 契約次第 | 適用除外の例として東京大学教職員退職手当規則 第1条(年俸制教育職俸給表適用教員)。適用除外は法人ごとの設計であり、年俸制であること自体が支給の有無を決めるわけではない |
国立病院機構・公務員医師——国家公務員退職手当法に準拠。医師は「6か月勤続」から支給対象
国立病院機構の職員退職手当規程は、退職手当を次のように定めています。
退職手当 = 退職日基本給月額 × 退職事由・勤続期間別の支給率 + 調整額(同規程第4条)
支給率は「国家公務員退職手当法第3条から第5条までに規定する割合に準じる」と附則に明記されており(同規程附則第2条)、国家公務員の支給率表がそのまま目安になります。
主な支給率は次のとおりです。
| 勤続年数 | 自己都合退職 | 定年退職 |
| 10年 | 5.022月分 | 8.37月分 |
| 20年 | 19.6695月分 | 24.586875月分 |
| 30年 | 34.7355月分 | 40.80375月分 |
| 35年以上 | — | 47.709月分(上限) |
注目すべきは、国立病院機構の規程では一般職員が「勤続3年未満は不支給」なのに対し、医師・歯科医師は「6か月未満」のみ不支給とされている点です(同規程第3条第1項第1号)。
つまり医師は勤続6か月から退職手当の支給対象になります。
医師確保のため、医師を特別に優遇する設計になっているのです。
なお、同規程は令和7年・令和8年に改正されており、令和8年3月31日以前から在職している職員については経過措置が設けられています(同規程附則)。
現在在職中の方は、適用される規定を人事担当部署にご確認ください。
また、定年前早期退職の特例(同規程第8条)もあり、勧奨退職・応募認定退職では基本給月額に定年までの残年数1年につき最大3%の割増が適用されます。
実際、国家公務員全体では応募認定退職(早期退職)の平均支給額は約2,470万円と、定年退職の約2,160万円を上回っています(内閣人事局「退職手当の支給状況(令和6年度)」表1)。
県立・市立・都立病院などの地方公務員医師も、各自治体の退職手当条例に基づき、おおむね同様の「給料月額×支給率+調整額」型で算定されます。
国立大学法人(大学病院)——規則は公開。ただし支給率と適用範囲は大学ごとに要確認
国立大学法人は法人ごとに退職手当規則を公開しています。
各大学の規則はいずれも「俸給月額 × 勤続年数・退職事由別の支給率 + 調整額」という、国家公務員退職手当法に準じた構造を採っています。
基本的な計算の考え方は前述の国立病院機構と共通と考えて差し支えありません。
ただし、具体的な支給率をこの記事で示すことはできません。
国立大学法人は法人ごとに規則を定めており、Webで公開されている規則が最新改正を反映していないケースがあるためです(例:東京大学教職員退職手当規則のWeb公開版は平成23年改正時点の内容)。
国家公務員の支給率もその後の法改正で引き下げられています。
ご自身の水準を知るには、在籍する大学の最新の学内規則(別表)を直接確認するのが唯一の方法です。
なお、勤続6か月以上から支給対象となる点は、多くの大学で医師に有利な設計となっています(東京大学の例では同規則第2条)。
ただし、重要な注意点が2つあります。
1つ目は、年俸制教育職俸給表の適用を受ける教員は、この退職手当規則の適用から明文で除外されていることです(同規則第1条)。
国立大学では教員の年俸制移行が進んでいますが、年俸制適用者の退職手当の扱いは大学ごとに異なります。
退職手当相当額を年俸に含める設計もあれば、別途支給される制度を設けている大学もあります。
ご自身の給与体系が退職手当規則の適用対象に含まれるかどうかは、在籍する大学の最新の規則で個別に確認する必要があります。
2つ目は、勤続期間が「教職員としての引き続いた在職期間」で計算されることです(同規則第7条)。
他の国立大学法人等へ引き続き移る場合は在職期間を通算できる特例がありますが(同条第6項)、民間病院などへ転籍すればそこで勤続はリセットされます。
医局人事で大学と関連病院を行き来するキャリアでは、この規定が退職金を大きく左右します。
医局とキャリアの関係で悩まれている先生は、こちらの記事も参考になさってください。
あわせて読みたい:医局を辞めて後悔した理由8選|失敗を防ぐ事前チェックと円満退局のコツ
労災病院(労働者健康安全機構)——勤続区分ごとの積み上げ式
全国の労災病院を運営する労働者健康安全機構の職員退職手当規程(同機構「公開資料」ページ内の例規集に掲載)では、俸給月額に勤続区分ごとの割合を積み上げて計算します(同規程第4条)。
| 勤続区分 | 割合(勤続1年につき) |
| 〜5年 | 1.0月分 |
| 5年超〜10年 | 1.4月分 |
| 10年超〜20年 | 1.8月分 |
| 20年超〜30年 | 2.0月分 |
| 30年超 | 1.0月分 |
合計の上限は俸給月額の55月分で、当分の間、計算結果に83.7%を乗じた額が支給されます(同規程附則第3項)。
また、自己都合退職で勤続19年以下の場合は50〜90%に減額される一方(勤続10年以下は50%、10年超15年以下は80%、15年超19年以下は90%)、勤続20年以上なら自己都合でも減額はありません。
勤続1年未満は原則不支給です。
日赤・済生会などの公的病院——規程は非公開。就業規則の確認が必須
日本赤十字社や済生会などの公的病院にも退職金制度は設けられていますが、退職手当規程を外部に公開していないため、水準を一次資料で示すことはできません。
本記事では憶測の金額を示さず、「入職時・転職時に就業規則と退職手当規程を必ず確認する」ことを強くおすすめします。
確認のポイントは後述します。
民間病院・医療法人——制度がない法人も約4分の1
民間の医療機関では、退職金制度の有無・水準とも法人の裁量です。
厚労省「令和5年就労条件総合調査の概況」(12頁・第16表)によれば、医療・福祉分野の調査対象企業のうち退職給付制度があるのは75.5%でした。
裏を返せば、調査対象の約4分の1では制度が確認されていないということです。
ただし、この調査の対象は常用労働者30人以上を雇用する民営企業に限られます。
より小規模な医療法人やクリニックは調査対象に含まれていないため、規模の小さい勤務先ではこの数値以上に制度がないケースもあり得ると考えておくのが安全です。
なお同調査では、制度がある医療・福祉分野の調査対象企業のうち「退職一時金制度がある(両制度併用含む)」が98.3%を占め、年金型のみは少数派でした。
制度がある場合の算定方法は法人ごとに異なるため、次章の「計算方法4パターン」を手がかりに、ご自身の勤務先の規程を確認してください。
開業医・フリーランス・非常勤医師——原則「退職金なし」
開業医は雇用される立場ではないため、退職金はありません。
フリーランスや非常勤(定期非常勤・スポット)も、各法人の退職手当規程が対象を常勤職員に限定しているのが一般的で、原則として支給対象外です。
年俸制の常勤医——「年俸制だから退職金なし」ではない。規程と契約の確認を
年俸制について「退職金は出ない」と理解している先生は少なくありませんが、これは正確ではありません。
年俸制はあくまで給与の決め方・支払い方であり、退職金制度の有無とは本来別の論点です。
実際には、次の3パターンがあります。
| パターン | 内容 |
| ① 退職手当規程の対象になる | 年俸制でも通常どおり退職金が支給される。算定ベースが月給制と異なる場合がある |
| ② 規程で明文除外されている | 東京大学教職員退職手当規則 第1条(年俸制教育職俸給表適用教員)のように、規程上の適用対象から外れる |
| ③ 年俸に退職金相当分を含む | 「年俸に退職手当相当額を含む」旨が契約に明記され、その分年俸が上乗せされている(「なし」と表記されることも多い) |
②や③のケースがあるため「年俸制は退職金がない」という理解が広まっていますが、法人ごとの設計次第です。
確認すべきは「年俸制かどうか」ではなく、退職手当規程の適用対象に自分が含まれるか、契約書に退職金についての記載があるかの2点です。
年俸額の比較だけで転職先を判断すると、③のつもりが実は①だった(あるいはその逆だった)という取り違えが起こります。
医師の退職金の計算方法とシミュレーション
民間で使われる主な4方式

民間病院の退職金規程で一般的に見られる算定方式は、次の4つに大別されます。
| 方式 | 計算の考え方 |
| 定額制 | 勤続年数に応じた定額。基本給や役職は反映されない |
| 基本給連動型 | 基本給 × 勤続年数別支給率 × 退職事由係数 |
| 別テーブル制 | 役職・等級別の基礎金額 × 支給率 × 退職事由係数 |
| ポイント制 | 累積ポイント × ポイント単価 × 退職事由係数 |
公開規程を見てきたとおり、公務員型・独立行政法人型はいずれも「俸給月額×支給率」の基本給連動型です。
共通する重要ポイントは、自己都合退職は定年・会社都合より支給率が低いこと。
国家公務員準拠なら勤続10年で自己都合5.022月分に対し定年8.37月分、労災病院なら勤続10年以下の自己都合は50%に減額と、同じ勤続年数でも退職理由で大きな差がつきます。
【シミュレーション】勤続10年・20年・30年でいくら?
公開されている支給率を使い、俸給月額60万円(諸手当を除く基本給と仮定)のモデルで試算します。
| 勤続年数・退職事由 | 国家公務員準拠(国立病院機構等) | 労災病院 |
| 10年・自己都合 | 約301万円(5.022月分) | 約301万円(10.044月分×50%) |
| 20年・自己都合 | 約1,180万円(19.6695月分) | 約1,507万円(25.11月分・減額なし) |
| 30年・定年 | 約2,448万円(40.80375月分) | 約2,511万円(41.85月分) |
※支給率の出典:国家公務員退職手当支給率早見表(内閣官房)、労働者健康安全機構職員退職手当規程第4条・附則第3項。国家公務員準拠の場合はこのほかに在職中の職責に応じた「調整額」が加算されます。俸給月額はモデル仮定であり、実際は俸給表・号俸により異なります。
ここで押さえておきたいのが医師の給与構造です。
医師の月収が高くても、その内訳は「基本給(俸給)+当直手当などの諸手当」に分かれており、退職金算定のベースとなる基本給は月収よりかなり低いのが通常です。
「月収150万円だから退職金も多いはず」とはならない点にご注意ください。
退職金にかかる税金と手取り額——2026年の制度改正にも注意
退職金は「退職所得」として、給与より大幅に優遇された税制が適用されます。
退職所得控除の計算方法
課税対象額(退職所得)=(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
出典:国税庁タックスアンサーNo.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
たとえば勤続30年・退職金2,400万円なら、控除額は800万円+70万円×10年=1,500万円。課税対象は(2,400万円−1,500万円)×1/2=450万円のみです。
【2026年1月適用開始】iDeCoとの受け取り順に注意——「10年ルール」
令和7年度税制改正により、退職金とiDeCo(個人型確定拠出年金)一時金の受け取り時期に関するルールが変わりました。
大綱では、退職手当等の支払を受ける年の前年以前9年内に老齢一時金の支払を受けている場合、その老齢一時金等を退職所得控除額の計算における勤続期間等の重複排除の特例の対象とすることが定められました(財務省「令和7年度税制改正の大綱」一・6その他(国税)(4))。
従来は5年超の間隔をあければiDeCo一時金と退職金それぞれに控除を満額使えましたが、改正後は実質10年以上の間隔が必要になります。
ただし適用には条件があります。令和8年1月1日以後に老齢一時金を受け取り、かつ同日以後に支払を受ける退職手当等が対象です(同注)。令和7年中にiDeCo一時金を受け取っている場合は、この改正の対象外となります。
退職金の少ない医師ほどiDeCoの活用意義は大きい一方、受け取り時期の設計を誤ると税負担が数十万円単位で増えることもあります。
複数の一時金を受け取る予定のある先生は、税理士やFPへの相談も検討してください。
医師に退職金がない・少ない3つの理由
公開規程と統計から、医師が退職金を受け取りにくい構造的な理由が見えてきます。
理由1:勤続年数は「同一法人での引き続いた在職期間」でしか数えられない
各法人の規程はいずれも、退職手当の基礎となる勤続期間を「職員としての引き続いた在職期間」と定めています(国立病院機構職員退職手当規程第9条、東京大学教職員退職手当規則第7条など)。
医局人事で数年ごとに別法人の病院へ移るキャリアでは、移るたびに勤続がリセットされ、どの職場でも低い支給率のままになります。
支給率は勤続年数に対して加速度的に増える設計(国家公務員準拠で自己都合10年5.022月分→20年19.6695月分と約4倍)のため、「細切れの10年×2回」は「連続20年」の半分にも届きません。
理由2:非常勤は原則対象外。年俸制は「規程を読まないとわからない」
各法人の退職手当規程は、支給対象を常勤職員に限定しているのが一般的です。
非常勤(定期非常勤・スポット)で複数施設を掛け持ちする働き方では、勤務実績があっても退職金は積み上がりません。
年俸制については、退職金の有無が規程・契約ごとに分かれます。
適用除外とする規程もあれば、年俸に退職金相当分を含める契約もあり、通常どおり支給されるケースもあります。
年俸制であること自体が退職金の不支給を意味するわけではないため、額面の年俸だけを見て「退職金はない前提」と判断してしまうと、条件比較を誤ります。
理由3:退職金制度がない医療機関が一定数ある
退職金の支給は法律上の義務ではありません。
厚労省「令和5年就労条件総合調査の概況」(12頁・第16表)では、医療・福祉分野の調査対象企業(常用労働者30人以上の民営企業)のうち退職給付制度があるのは75.5%で、約4分の1では制度が確認されていません。
しかもこの調査は一定規模以上の企業を対象としたものです。
より小規模な医療法人やクリニックは対象外であり、そうした勤務先では規程があっても対象が事務職員等に限られるケースも見られます。
そして、退職金の有無や算定方法は求人票にはほとんど書かれていません。
「退職金制度あり」の一行の裏にある支給条件・最低勤続年数・算定ベースは、就業規則と退職手当規程を見なければわからないのです。
S&Cドクターズキャリアでは、担当コンサルタントが理事長・院長と直接やり取りする中で、退職金規程を含む「求人票に載らない条件」まで確認・交渉しています。
現在の勤務先の条件に不安がある先生、転職先の条件をしっかり確かめたい先生は、お気軽にご相談ください。
退職金が少ない場合の備え方|自助準備と、条件そのものを変える選択

「退職金は期待できない」とわかった場合も、悲観する必要はありません。
医師には高い収入と長く働ける専門性という強みがあります。
まずは税制優遇のある3つの制度
退職金が期待できない場合、税制優遇のある制度で「自分の退職金」を積み立てるのが基本です。
医師は所得税率が高いため、所得控除の効果はとりわけ大きくなります。
| 制度 | 対象 | ポイント |
| iDeCo | 勤務医・開業医とも | 掛金が全額所得控除。所得税率の高い医師ほど節税効果が大きい。前述の「10年ルール」を踏まえ、勤務先の退職金との受け取り間隔を計画的に設計する |
| NISA | 勤務医・開業医とも | 運用益が非課税で、いつでも引き出せる。iDeCoの流動性の低さを補う位置づけ |
| 小規模企業共済 | 開業医・個人事業主 | 掛金が全額所得控除。受け取り時は退職所得扱いとなり税制面で有利。「退職金代わり」の位置づけ |
このほか、日本医師会の「医師年金」など医師が加入できる私的年金制度もあります。
いずれも多忙な中で続けられることが前提になるため、手間をかけずに継続できる仕組みかどうかを基準に選ぶとよいでしょう。
本質的な対策は「生涯収入の設計」——退職金2,000万円は年収差で埋まる
自助準備は有効ですが、医師にとってより効果が大きいのはキャリア全体の収入設計を見直すことです。
理由は、退職金と年収の桁が実はそれほど離れていないためです。
本記事で見てきた水準を振り返ると、公務員型の勤務先で定年まで勤めた場合の退職金は約2,160万円(内閣人事局・令和6年度)。
これは生涯にわたる金額です。
一方、転職による年収の変化は年間数百万円単位で起こり得ます。
仮に年収が200万円上がれば、10年で2,000万円。定年まで勤め上げて得られる退職金に匹敵する差が、10年で生まれる計算です。
逆にいえば、退職金の有無だけで転職先を選び、年収を大きく下げてしまえば、退職金で取り戻すことはできません。
さらに医師には、他職種にない条件が2つあります。
ひとつは、働ける年数の長さです。定年後も非常勤や当直で診療を続けられる専門性があり、「退職=収入ゼロ」になりにくい職種です。
老後資金として必要な額そのものが、一般の会社員とは前提が異なります。
もうひとつは、条件が交渉可能であることです。
基本給の内訳、年俸に退職金相当分が含まれるかどうか、勤続の通算——これらは求人票では見えませんが、入職前であれば確認も交渉もできる項目です。
入職後に変えるのは困難です。
つまり退職金は、「足りない分を後から貯める」対象であると同時に、転職・入職のタイミングで条件そのものを設計できる項目でもあります。
前者だけを考えると、打ち手を半分見落とすことになります。
実際に、S&Cドクターズキャリアがご支援した40代後半の泌尿器科の先生は、お子様3人の教育資金確保のため転職を決意され、インセンティブ還元の多い訪問診療クリニックへ。
1年で院長に抜擢され、3年でのれん分けを実現し、年収は2倍以上になりました。
退職金の多寡を超えるインパクトを、キャリア設計で生み出した好例です。
あわせて読みたい:勤務医の生涯年収はいくら?開業医との比較・勤務先別データ・年収を上げる方法を解説
転職で後悔しないために——退職金規程のチェックポイント

公開規程の分析を踏まえると、転職時に確認すべきポイントは次の5つです。
・制度の有無:就業規則・退職手当規程に明記されているか
・支給の最低勤続年数:何年(何か月)で支給対象になるか。「医師は6か月から」のような職種別優遇の有無
・算定ベース:俸給月額か、手当込みか。年俸制の場合は規程の適用対象か
・自己都合退職の減額幅:自己都合と定年・会社都合でどれだけ差がつくか
・勤続の通算規定:グループ内異動や出向で勤続が通算されるか、リセットされるか
こうした条件は面接では聞きにくく、内定前に就業規則を見せてもらえないことも少なくありません。
S&Cドクターズキャリアには、業界経験5年以上のコンサルタントのみが在籍し、登録から入職後まで同じ担当者が伴走します。
医療機関の経営層と直接調整を行うスタイルだからこそ、退職金規程・基本給の内訳・年俸契約の中身といった「数字に表れにくい条件」まで事前に確認し、必要であれば交渉まで行えます。
医師の退職金に関するよくある質問

Q. 医師が20年働いたら退職金はいくらもらえますか?
A.同一法人で20年勤続した場合、国家公務員準拠の病院(国立病院機構等)なら俸給月額の19.6695月分(自己都合)〜24.586875月分(定年)+調整額です(国家公務員退職手当支給率早見表)。
俸給月額60万円なら約1,180万〜1,475万円が目安になります。
ただし複数の法人を渡り歩いた場合は勤続年数が通算されず、大幅に少なくなります。
Q. 大学病院の医師の退職金はいくらですか?
A.一律の金額は示せません。
国立大学法人は法人ごとに退職手当規則を定めており、「俸給月額 × 支給率 + 調整額」という国家公務員に準じた構造は共通するものの、支給率も年俸制適用者の扱いも大学によって異なるためです。
Web公開されている規則が最新改正を反映していない場合もあるため、在籍する大学の最新の学内規則で、支給率の別表と適用対象の両方を確認する必要があります。
私立大学病院は各法人の就業規則によります。
Q. 非常勤の医師は退職金をもらえますか?
A.原則としてもらえません。
各法人の退職手当規程は支給対象を常勤職員に限定しているのが一般的です。
Q. 年俸制の医師は退職金をもらえますか?
A.一律には決まりません。
年俸制でも退職手当規程の対象となる場合、規程で明文除外される場合(東京大学教職員退職手当規則第1条など)、年俸に退職金相当分が含まれる場合の3パターンがあります。
年俸制であること自体が不支給を意味するわけではないため、退職手当規程の適用対象に自分が含まれるかを、契約書・雇用条件通知書とあわせて必ず確認してください。
Q. 退職金がない病院は違法ではないのですか?
A.違法ではありません。
退職金の支給は法律上の義務ではなく、制度を設けるかどうかは各医療機関の裁量です。
厚労省調査(12頁・第16表)でも、医療・福祉分野の調査対象企業(常用労働者30人以上の民営企業)の約4分の1では退職給付制度が確認されていません。
だからこそ、入職前に規程の有無と内容を確認することが重要です。
まとめ|医師の退職金は「規程」で決まる。キャリア全体で備えを
最後に、本記事のポイントを整理します。
・医師単独の退職金の全国平均は主要な公的統計では確認できず、金額は勤務先の退職手当規程で決まる。 公務員型(国立病院機構等)は国家公務員準拠で定年平均約2,160万円(内閣人事局)、一方で、医療・福祉分野の調査対象企業の約4分の1では制度が確認されていない(厚労省) (厚労省)
・支給率は勤続年数に対して加速度的に増えるため、医局人事などで勤続がリセットされる働き方では退職金が積み上がりにくい。非常勤は原則対象外、年俸制は規程・契約によって扱いが分かれる
・退職金が少なくても、iDeCo・NISA・小規模企業共済による自助準備でカバーできる。加えて、年収200万円の差は10年で2,000万円——退職金は生涯収入の一部にすぎず、転職時の条件設計のほうが影響が大きい場面も多い
退職金は、勤務先と契約形態を選んだ時点でほぼ決まってしまう「後から変えにくい条件」です。
転職やキャリアの節目には、年収の額面だけでなく退職手当規程まで含めて確認することをおすすめします。
S&Cドクターズキャリアは、先生方の理想の職場を見つけるための参謀であり、パートナーです。
退職金を含めた条件の確認・交渉から、その後のキャリア相談まで、経験豊富なコンサルタントが伴走いたします。
いますぐ転職をお考えの先生も、まだ迷われている先生も、お気軽にお問い合わせください。
この記事の監修者
渡邊 崇(わたなべ・たかし) 株式会社S&C 代表取締役/S&Cドクターズキャリア 代表コンサルタント
国内大手メディア(報道)、大手不動産(経営企画・営業)、外資系メディア(報道・イベント主催)を経て、大手総合人材会社で医師・看護師紹介事業の営業責任者を務める。2016年より医師紹介事業に特化し、取締役・専務取締役を歴任。2019年より現職。これまで医師の転職・非常勤支援を1,000人以上、採用を支援した医療機関は1,000施設以上に上る。医師専門エージェントとして、求人票に載らない条件交渉・非公開ポジションの獲得・キャリア戦略の伴走を強みとする。
あわせて読みたい 本文の各章に、テーマ別の詳しい解説記事へのリンクを設置しています。あわせてご活用ください。
出典
- 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/dl/gaikyou.pdf /退職給付制度がある企業の割合(全体74.9%・医療,福祉75.5%、制度形態の内訳)は12頁・第16表、定年退職者1人平均退職給付額(大学・大学院卒〔管理・事務・技術職〕1,896万円)は17頁・第22表
- 内閣官房内閣人事局「退職手当の支給状況(令和6年度)」https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/shikyu_jokyo_r06.pdf /常勤職員の退職理由別平均支給額(定年2,160.1万円、応募認定2,470.3万円)は表1
- 内閣官房「国家公務員退職手当支給率早見表」https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/h300101_taishoku.pdf /勤続年数・退職事由別の支給率
- 国家公務員退職手当法(e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/328AC1000000182
- 独立行政法人国立病院機構職員退職手当規程 https://nho.hosp.go.jp/files/000253904.pdf /計算式は第4条、医師・歯科医師の支給要件(6月未満不支給)は第3条第1項第1号、国家公務員退職手当法準拠は附則第2条、勤続期間の計算は第9条
- 独立行政法人労働者健康安全機構 職員退職手当規程(同機構「公開資料」ページ https://www.johas.go.jp/jyoho/tabid/536/Default.aspx 内の例規集より)/勤続区分別割合・上限は第4条、自己都合減額は第4条第4項、83.7%調整は附則第3項
- 東京大学教職員退職手当規則 https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/disclosures/public03_09_04.html /年俸制教員の適用除外は第1条、支給率は別表第1、勤続期間の計算・他大学通算は第7条 ※Web公開版は平成23年改正までの反映であり、現行規則と異なる可能性があります
- 国税庁 タックスアンサーNo.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm
- 財務省「令和7年度税制改正の大綱」(令和6年12月27日閣議決定)https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2025/07taikou_01.htm /個人所得課税・確定拠出年金の老齢一時金に係る退職所得控除の調整(前年以前9年内)
※本記事内の転職事例は、S&Cドクターズキャリアの支援実績に基づくものです。個人が特定される情報は伏せて掲載しています。※各規程・統計は2026年7月時点で各公式サイトを参照したものであり、今後改正される可能性があります。実際の支給額・支給条件は必ずご自身の勤務先の最新の就業規則・退職手当規程でご確認ください。シミュレーションの俸給月額は仮定値です。※税務の詳細は税理士等の専門家にご確認ください。